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大阪高等裁判所 昭和31年(く)39号 決定 1956年9月13日

被告人 宋哲準

被告人 浜田正之

抗告申立人右両名弁護人 前堀政幸

右被告人両名に対する傷害致死等被告事件について、京都地方裁判所が昭和三十一年八月二日にした忌避申立却下決定に対し弁護人から即時抗告の申立があつたので、当裁判所は左のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の要旨は、裁判官において刑罰規定の解釈や刑事訴訟法の解釈に顕著な誤があり、その誤の故に訴訟指揮を通じて露骨に不適当な手続がとられているときには、そこに審理能力に欠くるものがあつて、不公平な裁判をする虞があると認めるべきである。抗告申立人が忌避した三人の裁判官をもつて構成する京都地方裁判所第三刑事部は、(1)原初的訴因中の暴力行為等処罰に関する法律違反の訴因たる事実(貸席業ふるさと前路上における共同暴行―かりに前段の共同暴行と呼ぶ)と右公判裁判所が検察官に対し予備的に追加を命じた暴力行為等処罰に関する法律違反の訴因たる事実(立本寺附近路上における共同暴行―かりに後段の共同暴行と呼ぶ)とが、証拠上明白に接続犯であつて法律上本位的一罪である事実を故意に無視しているのは審理能力を欠くものである。(2)原初的訴因中の傷害致死の訴因たる事実(木下治の臀部を刃物で剌して殺害した事実)は証拠上佐藤久夫単独の行為であつて被告人等に対する原初的訴因中の前段の共同暴行と無関係であるのはもちろん、予備的に追加を命じた訴因たる後段の共同暴行とも無関係であることが明白であるという事実を故意に無視し、それ故に、証拠上存在しないことの明白な被告人等がした傷害致死という虚無の事実と後段の共同暴行の事実との間に事実の同一性がないにかかわらず、それがあると空想し、虚無事実を内容とする訴因に対する予備的訴因なるものに仮託して被告人等につき不法な刑責を問わんとする露骨な悪意を示しているのは法理理解の能力を著しく欠くものである。かりに公判裁判所が右の接続犯の成立を無視しているのを別論として、被告人両名及び相被告人山田治男、同山本孝司等共謀の傷害致死を内容とする虚無的訴因に対し予備的訴因として前記後段の共同暴行の追加を命ずるならば共犯者たる被告人等四名につき一律平等の追加を命ずるべきである、被告人宋及び浜田と相被告人両名との四名は終始行動をともにし、前段の共同暴行については共同正犯として起訴せられ、後段の共同暴行についても証拠調の経過に鑑み四名を共同正犯として論ずるべきであるにかかわらず、本件被告両名のみに対し、検察官において無罪でよろしいと明言している傷害致死の訴因の上にそれとすり替えた訴因の追加を命じ、あくまでも被告人両名のみを処罰しなければやまないという露骨な態度を示し、よつて、被告人両名との間に差別を設けて不平な裁判を行う虞を生ずるに至つた、原決定の言うように、相被告人両名についても共同正犯の関係がある場合であつても「各被告人について犯罪成立の態様並びに情状を異にする場合があるのであるから、裁判所が相被告人等については積極的に職権により訴因の追加を命じてまで処罰しなければならない程の必要はないと判断した結果訴因の追加を命ずるのを適当と認めて、検察官に対しこれを命ずる」ことが許されるならば、公判裁判所に専断的振舞をなすことを許すこととなる、原決定が、抗告申立人の主張を、公判裁判所の訴因変更命令権や法の解釈権や訴訟指揮権についての見解の相違に過ぎないと判断したのは、公判裁判所を構成する各裁判官が被告人両名をのみ憎しとして、どうでもこうでも処罰しなければやまないとする不公平な心意を抱懐していることを洞察認定することができなかつたものであつて、本件忌避の申立を却下したのは失当である、というのである。

よつて、被告人宋哲準、同山田治男、同山本孝司、同浜田正之に対する暴行行為等処罰に関する法律違反、傷害致死、暴行、恐喝、窃盗、道路交通取締法違反被告事件並びに添附の忌避申立事件記録を調査すると、昭和三十年六月三日附起訴状記載の公訴事実第一は「被告人四名は、共謀の上、昭和三十年四月十日午後十時三十分頃、京都市上京区七本松通仁和寺街道下る東入る四番町貸席ふるさと前路上に於て、木下治(二十才)外三名と衝突したことから喧嘩となり、夫々手拳等を以て同人等を殴打して暴行を加え、更に逃げようとする同人を追跡し、仁和寺街道七本松西入附近に於て鋭利な刃物を以て同人の臀部二ヶ所を剌し、臀部剌創、腸管剌創等の傷害を与え、因つて同人をして同日午後十一時四十五分頃、同市上京区京都第二日赤病院に於て死亡するに至らしめ」たというのであつて、罪名罰条として「暴力行為等処罰に関する法律違反同法第一条、刑法第二百八条、傷害致死刑法第二百五条」と記載してあつたが裁判長裁判官小田春雄、裁判官藤原啓一郎、同尾中俊彦により構成する京都地方裁判所第三刑事部が右事件を審理中、昭和三十一年四月四日に至り木下治剌殺犯人として佐藤久夫が自首し、同人が傷害致死の真犯人として別に起訴せられたこと、同裁判所は、その後相被告人山田及び山本に関する弁論を分離して審理し、被告人宋及び同浜田に関する第十四回公判期日において、宋及び浜田に対してのみ右傷害致死の訴因すなわち「更に逃げようとする同人を追跡し」以下の部分に「更に被告人宋哲準、同浜田正之は共謀して、逃げようとする同人を追跡し、仁和寺街道七本松西入附近路上において、ハーモニカで同人の頭部や顔面を殴打し、同人が路上に倒れると、被告人浜田正之は同人の顔面を蹴り、被告人宋哲準はスリツパで同人の頭部を数回殴打し以て暴行を加え」たとの事実及び罰条に暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項を各予備的に追加を命じ検察官は裁判所の命令どおり予備的に訴因及び罰条を追加した(公判調書には予備的に変更と記載)ところ、第二十回公判期日において、同裁判所は、更に右予備的訴因の次に、「以上の通り被告人宋哲準及び同浜田正之の両名が頻死の重傷を負うて倒れている木下治に暴行を加えた際、偶々同所へ通りかかつた郭太元(当二十年)もまた治の顔をみて、こいつは先日俺を袋叩にした仇だと言つて、治の顔面等を数回蹴つた、被告人両名の前記暴行の結果、治の顔面に数個の線状擦過傷を与えたばかりでなく、左下臀部動静脈切断の為多量に出血していた治の心悸を亢進させて右症状に悪い影響を与えて傷害した外、被告人両名若しくは郭太元の暴行の結果、治の左顔面に二ヶ所の表皮を剥脱させて傷害を加えた、その傷害は右いずれの暴行によつて発生したか明らかでない」との語句を追加して、前記予備的訴因を傷害の訴因に変更することを命じ、かつその罰条を「刑法第二〇四条、第六〇条」「第二〇七条、第二〇四条、第六〇条」と変更することを命じ(公判調書には傷害の訴因を追加し罰条の変更を命ずると記載)、検察官はこれに応じ(公判調書には予備的に訴因罰条を追加すると記載)、なお、公判裁判所は、相被告人山田及び同山本に関する弁論を併合し、第二十五回公判期日において、裁判長小田春雄は、証拠調の終了を宣し、検察官及び弁護人に対して意見の陳述を促し、相被告人山田及び山本に対しては予備的訴因の追加を命じない旨を明らかにしたので、被告人宋及び同浜田の弁護人前堀政幸は、不公平な裁判をする虞があるとして、裁判長裁判官小田春雄、裁判官藤原啓一郎、同尾中俊彦に対して忌避の申立をなし、その却下決定に対して本件抗告を申し立てたことを認め得られる。

元来公訴事実の同一性の有無又は共同正犯の成否は、裁判所が具体的事案を審理し法理に則つて判断するべき事項であつて、その判断に対する不服は上訴手続において主張せらるべきであり、事実の認定又は法令の解釈に関する見解を異にするの故をもつて不公平な裁判をする虞があるということはできない。また、刑事訴訟法第三百十二条第二項に定める裁判所の訴因罰条の追加変更命令は、訴訟経済上の必要と実体的真実発見の見地から、刑事訴訟法における当事者主義の原則に対する例外として設けられたものであつて、かような職権の発動は、法文の示すとおり「審理の経過に鑑み適当と認めるとき」すなわち職権発動の合理的根拠と必要の存する場合に限られることは、原決定の説示するとおりである。本件において公判裁判所が、被告人等四名に対し、貸席業ふるさと前路上における暴力行為等処罰に関する法律違反事実と立本寺前路上における傷害致死とを併合罪として起訴されているのを、審理の経過に鑑み、傷害致死の訴因につき、被告人宋哲準、同浜田正之の両名に対し、予備的に暴力行為等処罰に関する法律違反の訴因を追加し、更に右予備的訴因を刑法第二百四条、第六十条及び同法第二百七条、第二百四条の傷害罪の訴因に変更することを各命じたのであつて、う余曲折を経ているけれども、公判裁判所は、前段の暴力行為等処罰に関する法律違反事実と訴因の予備的追加変更後の傷害事実とを併合罪と観察し、かつ起訴状記載の傷害致死と右追加変更後の傷害とは公訴事実の同一性を失わないという前提のもとに、証拠調の結果に鑑み、後段の傷害につき被告人宋及び浜田を犯人として訴因の予備的追加変更を命ずるを適当と認め、他の相被告人両名についてはこれを適当と認めなかつたものと解し得られる。記録に徴しても、相被告人山田及び同山本が後段の犯罪について被告人宋及び同浜田と共同正犯であり、かつ情状を同じくするのを、ことさらに訴因の予備的追加変更を命じなかつたものとは認められないのである。

要するに、訴因の追加変更をめぐる裁判官、検察官、弁護人の三者間における釈明、異議、その他の論争は、事実の認定と法令の解釈に関する見解の相違を堂々めぐりしているだけであつて、所論のように、裁判官が審理能力や法理理解能力を欠くため不公平な裁判をする虞があるのではなく、また、抗告申立人の担当する被告人宋及び同浜田を憎しとして特に不公平な裁判をする心意を抱懐しているものでもない。所論は、事実の認定と法令の解釈とに関する見解を異にするの故をもつていたずらに裁判官を非難するものである。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第四百二十六条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判長判事 松本圭三 判事 山崎薰 判事 辻彦一)

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